365日をJ棟で

サラリーマンの諸々日記。買い物、音楽、日常。

日記ちゃん。ぱーぱー。(2026/4/19)

辺野古の事故あるいは事件のことを、毎日のように考えてしまう。

私は自分自身のことを右寄りと捉えているので、リベラルに対する薄らとした(実際は濃い)忌避感は元々あるのだけれど、この忌避感が明確な嫌悪と憎悪に変わらないうちに、腹括ってくんねーかなって思ってしまうねんな。

ここまで沸々かつ黙々と考えてしまうのは単純で、亡くなられた方が在籍する同志社国際という学校が私にとって非常に近しい学校だからに過ぎない。なんなら肉親(姉)の出身校だし。私も公立校に進学したため通いこそはしなかったが、中高共に受験した身。(ついでに大学も2年連続受けた)

当然、姉も15年以上も前だが沖縄の研修旅行に参加している。ボートに乗るコースではなかったと聞いた。本件は他人事とは感じられないし、そのことが必要以上に自分の思想を掻き混ぜてしまうので良くない。切り分けは必要。しかし仮定の話を想像するだけで、遺族の方のnoteにおける家族の状況を自身に置き換えただけで、私は凄まじい怒りで気が狂いそうになる。というか、苛烈なストレスと悲しみの中でエントリのたびに今まさに狂いゆくあるよう見える遺族のお父さんの文章を直視することができない。

この続きの感情は文面に起こすことができない。以上。