実家の飼い犬が昨夜に亡くなったとの報せを受けた。
一週間ほど前に母から「もう危ないかも」という連絡を受けて心の準備を済ませていたので、悲しみは少しクッションできた。
2002年9月、初めて我が家に来た日。
小柄な雄のパピヨン。享年18歳+10ヶ月。僕が8歳の時に家にやってきて、ビックリするほど長生きした。生まれた子供が大学生になるまで生きたと考えたら、8つ下の弟と言っても過言ではない。
喧嘩もした(というか一方的に噛まれた)し、一緒にコタツで寝たり、頻度は少ないけれど散歩して全力疾走したりもした。一人暮らしを始めた20歳までは、毎日一緒にいた。
(左)2002年10月、(右)2019年3月
晩年は白内障で視力が無く、耳と鼻もほぼ全く効いていない状態だった。最晩年は認知症の典型的な症状が出ていた。あちこち身体をぶつけたり、その場でグルグル回り続けたり、脚が踏ん張れなくてフローリングで倒れたり。母は滑り止めマットを家中に敷き詰めて、犬用の車椅子を導入し、少しでも歩きやすい様にしていた。
最後に会ったのは去年の8月。僕は休職している真っ只中で、実家に帰っても気が引けて愛犬を含めて家族とコミュニケーションが上手く取れていなかった。会うのが最後になるかもしれないと薄々は分かっていたので、多少鬱陶しがられても話しかけてやればよかったと強く思う。
2021年4月、最後の外出かもしれないと両親&姉がお花畑に連れ出した。
コロナ禍で帰省も出来ないため、最期を看取ることが出来なかったのは残念だけれど、恐らく両親以外の人間を認識することが無理な状態だったので、他人に会うストレスも無く穏やかに息を引き取れたのは逆に良かったと思う。欲を言うなら今際の際に一瞬、ほんの一閃でも良いので、18年間の中にいた僕の存在を思い出してくれていたら、これ以上に嬉しいことはない。
次に会うのは僕が逝く時だろうか。何十年後になるかは分からないけれど、その頃には認知症云々は関係なく忘れられているかも。
また沢山遊ぼうね。愛してるよ。