ロバート・グラスパーのBlack Radioによって、ジャズとヒップホップの融合が起きた。ジャズ新世紀の始まり!
こう信じる人は多い。特にジャズのサイドに立つ人。
確かに、Black Radioシリーズではモス・デフやコモンなどのトップMCに、ロバート・グラスパーのジャジーなピアノとケイシー・ベンジャミン、デリック・ホッジ、クリス・デイヴによる超重低音・超重量級サウンドが合わさって、純度100%のジャズでもなくストリート色に塗れたヒップホップでもない、新たなジャンルを確立した…
では、そこ、つまりBlack Radioがリリースされた2012年がジャズ×ヒップホップの起点なのかどうか。ムムム?
ヒップホップ→ジャズ
そもそも、ヒップホップのトラックにはジャズのネタがたんまり使われている。
Samples of Montara by Bobby Hutcherson | WhoSampled
様々な曲の元ネタを紹介するサイト、Who Sampled?。例えばボビー・ハッチャーソンのMontaraは、確認できるだけでも23回サンプリングされていることが分かる。有名曲もマイナー曲も、色んなラッパー・DJ達の手垢でびっしりになるまでコスられている。
もちろんサンプリングだけではなくて、ジャズミュージシャンを客演に迎えた生演奏もある。A Tribe Called Quest(ATCQ)の傑作、The Low End Theoryではベースでロン・カーター御大が参加している(Jazzという曲もあるぐらい)。Gang StarrはジャズをテーマにしたJazz Thingなるアルバムをリリースしているし、その後グールーはJazzmatazzというモロなアルバムをシリーズ化している。コモンのBeやFinding Foreverではデリック・ホッジがプロデュースの他、ベースでも参加している。大大大好きなBe (Intro)のウッドベースがデリホジの演奏だと知った時は鳥肌が立ったなぁ。そしてこの曲でMother Natureをサンプリングしてきたカニエは本当に天才だ!シカゴの夜に乾杯!
(余談だけれども、こういったサンプリングの元ネタにはアーマッド・ジャマル、ロイ・エアーズ、ボブ・ジェームズ、ラムゼイ・ルイス、ドナルド・バード、ルー・ドナルドソンなど、ジャズ界隈では「それなりに有名だけど、メジャーどころから少し外れている」アーティストが多く見られる。その辺はレア・グルーヴの云々が関係していると思うので、ガッグルで検索するのが手っ取り早いかと。なので、ヒップホップ好きにジャズの話題を振る際は、コチラもそれなりに覚悟が必要。チャーリー・パーカーやジョン・コルトレーンが通じる前提で話しかけてはならない)
そういうわけで、サンプリングを柱として発展してきたヒップホップはジャズ(他にもソウル、ファンク、R&B、ロック、ポップスetc…)を内包していると言っても過言ではないわけで。
ニューヨークやシカゴなど、ジャズと近しい距離にある都市は当然として、西海岸でも同様の動きは起きている。ジョージ・クリントン一派が築き上げたPファンクはドクター・ドレらによって再解釈・サンプリングされ、一大ムーブメントを巻き起こした。テラス・マーティンやカマシ・ワシントンなどを贅沢に起用したケンドリック・ラマーのTo Pimp A Butterflyは、ジャズ研民の間でもかなり話題になった。
冒頭の一文をヒップホッパー達にパァンと打ち出しても「はぁ、そうは言うてもヒップホップはここ数十年間、ずっとジャズと共にあったわけですが…」と返されることだろう。
ジャズ→ヒップホップ
逆のパターンはどうだろう。
ジャズは、一般的なイメージとして、ストリートからは程遠い場所にある。ジャズの起源云々について考えるとややこしいので、あくまで20世紀終盤~21世紀を生きる僕たちリスナーの視点で。酒と煙草で満ちたオシャレなバーで、スーツでめかし込んで椅子に座って楽しむ…ちょっとステレオタイプすぎるけど。
一方、ヒップホップ。オーバーサイズのパーカーとダボダボのジーンズに斜めに被ったキャップ、ジャラジャラのシルバーアクセサリーを身に纏い、口汚い言葉で韻を踏む…これまたステレオタイプすぎるけれど、あまり好印象を持たれていないのは確か。
Beatsで大ブレイクしたドクター・ドレ、Yeezy Boostを大流行させたカニエ・ウェスト、リーボックやナイキとコラボスニーカーをリリースするケンドリック・ラマーなど、ファッションアイコンとなるヒップホッパーは沢山いるし、ウィル・スミスやコモンは俳優としてもブレイクしている。けれど、やっぱりヒップホップ=ラフでダラシないイメージ。嫌悪しているジャズファンも少なくないはず。
スノッブなジャズファン、あるいはストリートに出ることなく上品なジャズ教育を受け続けてきたジャズメン達は、ヒップホップからの接近を拒む傾向にある(あった)のでは。あるいは、全く別のジャンルだと切り離し、そもそも関心を持たないのかもしれない。(僕の周りの人がそうなだけなのかもしれないけど)
そんな中で静かに佇む、異質なアルバムが1つ…
カート・ローゼンウィンケルが2003年に発表したHeartcore。
ATCQのQ-Tipをプロデュースに起用した一作。ラッパーとの合作というだけで拒否反応を起こしそうになるけれども、ATCQが天才的なセンスでジャズのエッセンスをヒップホップに取り込んだこと、その中心にQティップがいたことを考えれば、この融合は必然なんじゃないかな。
ただ、このアルバムは時代を先取りしすぎている。当時のジャズファンがこのアルバムに対してどのように反応したのかは1993年生まれの僕には不明だけど、今ではあまり語られることのないアルバムだし、当時の反応も…と察するところがある。
そもそも、Heartcoreは音楽性に行き詰まったカートが新たな道を切り拓くためにQティップに頼んで制作した的な話もあるので、純粋にカートがジャズとヒップホップでコラボしたい!と思って作ったアルバムとは言えない。
それにしても、Heartcoreといい今年リリースのCaipiといい、どのようなアプローチでも全て「カート・ローゼンウィンケルの音楽」としてスッと消化できてしまうのは、不思議だなぁ。
カートに関してはUntitled Medleyさんの記事が詳しいので、ぜひ一読を。
話が大きめに逸れている!
要するに、2000年以降のメインストリーム・ジャズを見た時に、Heartcoreのような例外はあったにせよ、ヒップホップが話題の中心にいたことはほとんどなかったんじゃないかな。(当時のそういった取り組みについて詳しい方がいれば、教えていただけると幸いです)
ロバート・グラスパーの功績
じゃあ、Black Radioによってロバート・グラスパーは何をしたのか。
ソウルクエリアンズが生み出し、消えかかっていた''ネオソウル''のムーブメントを復興させ、2010年代のジャズリスナー達に紹介した。
僕が受けるのは、こんな印象。ネオソウルという言葉は嫌いだから使いたくないんだけど、あの時期の音楽を形容する簡潔な言葉が見当たらないので、不本意ながら使わせていただきます。
今でこそ2010年代のヒーローとして崇められるグラスパーだけど、その音楽活動は2000年初期から既に始まっている。
当時は音楽集団ソウルクエリアンズがヒップホップ・ソウル・R&B界で革命を起こした時期。コモンのLike Water For Chocolate、ディアンジェロのVoodoo、ザ・ルーツのThings Fall Apart、エリカ・バドゥのMama's Gun等の超名盤が僅か数年の間に生み出されている。
そんなソウルクエリアンズが手がけた作品の1つ、ビラルの1st Born Second。知名度で言えば、上に挙げたアルバムより遥かに低い。しかし、クエストラブ、コモン、J・ディラ、ピノ・パラディーノ、ジェームズ・ポイザーが参加していることから、ソウルクエリアンズの血が通った一作であることは間違いない。
ここに、ビラルの大学時代の友人であるグラスパーと、ロバート・グラスパー・エクスペリメント(RGE)のメンバーであるケイシー・ベンジャミンが参加している。
ソウルクエリアンズが2000年代、グラスパーが2010年代という風にそれぞれムーブメントを分けて考えている人は多いはず。
ところが、ソウルクエリアンズとグラスパー(&ケイシー)は全く同じ時期、同じフィールドで活動している。RGEの他のメンバーも同様で、ベースのデリック・ホッジは先述したようにコモンのアルバムでバリバリ活動していたし、ドラムのクラス・デイヴはディアンジェロやピノ・パラディーノとの共演で有名。したがって、メンバー全員がソウルクエリアンズと何らかの関係を持っていることになる。
グラスパーをポスト・ソウルクエリアンズと形容するメディアもいるけれど、両者の間に濃く太い繋がりがあることを考えれば、RGEはソウルクエリアンズそのものであると思う。
ソウルクエリアンズの中心人物であるJ・ディラは2006年に亡くなり、圧倒的なカリスマ性を誇ったディアンジェロは2014年に完全復活するまで隠居。一旦は消滅したかに見えたソウルクエリアンズの血を、再びシーンの最前線に投入した…グラスパー(+その仲間達)の最も大きな功績は、そこにあるんじゃないかと僕は思う。
(これまた余談だけれども、スナーキー・パピーのショーン・マーティン(Key)はMama's Gunに何曲か参加している。また、ロイ・ハーグローブのRH Factorでも、スナーキーのボビー・スパークス(Key)とジェイソン・トーマス(Dr)の名前が確認できる。スナーキー・パピーもまた、ソウルクエリアンズの遺伝子を受け継いでいるバンドであると言える)
あとは、ネオソウルをジャズとヒップホップの架け橋的な存在として用いたのも大きいのかも。ジャズを1、ヒップホップを10としたら、ネオソウルは5。1→10への跳躍は難しいけど、1→5へ、5→10へ、ワンクッション置くことでより跳びやすくなる。(ただの例えなので、数字の値は気にせんでください)
Black Radioはヒップホップのアーティストだけでなく、レイラ・ハサウェイやジル・スコット、エリカ・バドゥ、キングなどのネオソウル系アーティストを起用している。このクッション(5)によって、硬派なジャズリスナー達もすんなりRGEの世界観に入り込むことが出来ているのでは。
…文を書きすぎて自分が何を言いたいのか分からなくなってしまった。
とにかく、ジャズとヒップホップを取り巻く環境について考えたときに、最初の一文に対しては強い違和感を覚える。
グラスパーの功績は大きいけれど、その功績はゼロから新たなジャンルを生み出したことではなく、かつてのムーブメントに自分なりの声を加えて現代に甦らせたことにある、そう思うのです。
※あくまで自分なりの考えなので、ここ見逃してるよ、ここ間違えてるよ的な意見があればバンスカ投稿お願いします。
ま、堅苦しく考えるジャンルではないし、いい音楽が聴ければそれでOK!なスタンスが一番いいカモ。
Robert Glasper Experiment + Mos Def - Stakes is High (Live) - YouTube
再びRGEとモス・デフのコラボより。デ・ラ・ソウルの名曲Stakes Is Highをマックステンションでお送り。
When I Say VIBE!!! You Say VIBRATION!!!